僕の音楽ルーツ(その4)

前回はこちら。

 

「Y君は、病気の検査のために東京の入院しています。何という病気かはわからないのですが、念のための検査です。すぐに戻って来ます」

と、担任の先生は言っていた。

 

そうか、すぐに戻って来るんだ、なら、心配することはない。

また一緒に遊べるようになる。

 

そう思っていた。

 

しかし、一ヶ月経っても、Y君は登校して来なかった。

 

近所の友達と遊ぶようになり、僕に付き合って作曲ごっこもしてくれたが、彼はクラシックに全く詳しくないので、面白くなかった。

ある日、彼にハイドンの「驚愕」を説明していて、「ジャン!」と叫んだら、「バカみたい」と言われ、怒って家を飛び出した。それ以来、彼とは作曲ごっこをするのをやめ、普通に外で遊ぶようにした。

 

3年生の担任の先生は、若い女性だった。

赤いサニー・クーペで出勤して来る、イケてる女性だった。

当時、女性ドライバーはまだそんなに多くなかったのだ。

 

10月か11月頃、「Y君のお見舞いに行きましょう」と先生が提案した。

近くの病院なら行くのだが、Y君が入院している病院は遠いので、8~9歳の子供だけでは行けない。

放課後、特に仲の良かった僕と、同じ班の子達を先生のサニー・クーペに乗せ、病院に行った。

 

はっきりとした場所はよくわからなかったが、御茶ノ水あたりの大きな病院だった。

その一室のベッドに、Y君はいた。

 

元気そうだった。一体、どこが病気なのか、見た目ではわからなかった。

今はこうしてベッドにいるが、毎日散歩しているという。

いろいろ話したが、他の友達もいるので、いつもの音楽の話はできなかった。

 

「近いうちに退院して、学校へ行くよ。また一緒に遊ぼうね!」

そう言って、歩いて病室の外まで見送ってくれた。

この分なら、近いうちに退院するだろう、そう思って安心した。

 

しかし年が明けても退院せず、3月にもう一度見舞いに行くことになった。

前回、「やることがなくて退屈だ」と言っていたので、母の勧めでうちの店で売っていた立体パズルを見舞品として持って行った。

 

この時も、Y君は元気そうだった。

点滴を受けていたが、栄養剤だそうだ。ちょっと顔がむくんでいるようだったが……。

 

それと、頭に何かかぶっていた。薬の副作用で、髪が薄くなっているというのだ。

 

それって、まさか……? いや、まさかね。

 

その頃、テレビでよく再現ドラマを放送していて、いくつか観たけど、十万人に何人とかいう……?

いやいや、身近にそんな病気になる人なんて、いるわけない。ましてや、僕の一番の親友に、そんなことなんて。あるわけない。

 

立体パズルは喜んでくれた。またいろいろしゃべったけれど、そんなに長い時間はいられなかった。先生はまたみんなを車で送り返さなければいけない。

 

こんなに元気なのに、なぜ入院がこんなに長引いているのだろうか……。

 

4年生になった。

クラス替えはないが、担任の先生が結婚したため転任になり、若い男の先生に替わった。

Y君の姿は、やはりなかった。

 

梅雨の時期。

 

そろそろまた見舞いに行くように、先生に提案しようか、と思った。

 

そんな矢先だった。

 

 

(つづく)

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